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片山哲也の芸能トピックス

片山哲也が芸能ニュースを取り上げていくブログです。

片山哲也の芸能トピックス【つんく 歌声ぐらい持っていけ】

headlines.yahoo.co.jp

片山哲独断偏見評価

  • 話題性…4
  • 意外性…3
  • 社会性…5

 (低 1 2 3 4 5  高)

記事内容

めっちゃ優しくて、とことん人間くさいおっさん--。それが久しぶりに会った音楽プロデューサー、つんく♂さん(46)の印象だ。喉頭がんの手術で声を失った体験を手記「だから、生きる。」(新潮社)にまとめ、人生再びの1回生を照れくさそうに歩んでいた。【鈴木琢磨

【取材中の写真】言葉を探し、目を閉じる…インタビューの様子

 ◇喉頭がん手術後、PCで会話 体験を手記に 「これからも曲作る」

 つんく♂さんのツイッターにうまそうな写真がアップされている。焼きサケにホウレンソウのおひたし、レンコンとシメジのきんぴら、それに熱々のみそ汁まで。

 <さて、本日もお弁当頂く時間となりましたぁ! あぁ。楽しみすぎる~>

 なんだかロックっぽくないですねえ、と意地悪く告げたら、パソコン(PC)のキーをたたいた。速い。「会話」は、無料通信アプリ「LINE(ライン)」のシステムでモニター画面に表示される。

 「妻が作ってくれてます。僕の頭のコンピューターは、きっとジョン・レノンも、もしオノ・ヨーコが作ったら持ってくるだろうな、と」

 プライベートを感じさせたってかっこ悪くなんかない、それがつんく♂流「ジョンとヨーコの法則」らしい。

 今年4月、母校の近畿大学の入学式に登場したつんく♂さんの姿をテレビのニュースで見た。ステージでじっと立っていた。祝辞がスクリーンに映し出されていく。

 <……去年から喉の治療をしてきていましたが、結果的に癌(がん)が治りきらず、摘出するより他なかったから、一番大事にしてきた声を捨て、生きる道を 選びました。……私も声を失って歩き始めたばかりの1回生。皆さんと一緒です>。時折、のぞかせるはにかんだような顔。初めて会った時のことを思い出し た。

 ちょうど彼がプロデュースしたモーニング娘。の「LOVEマシーン」が売れに売れていた。「人間、4番くらいにはなれるんちがうかと。仕事でもなんでも 4番くらいを目指そうや。僕はずっと第2集団やった」。1番になれなくてもいい、と語りながらも日本の頂点を極めていた。

 あれから15年たった昨年2月、走り続けてきたヒットメーカーが喉頭がんを宣告される。歌手の命、声をなくしたくない、と放射線抗がん剤で声帯を温存 する治療を進めた。いったんは医師から「完全寛解」のお墨付きをもらい、メディアにも発表した。かなり喉に違和感が残っていたが、昨年10月には念願だっ たモー娘のニューヨーク公演へ。そこに別の病院から最悪の検査結果が届く--。

 手記にもあったが、その時の心境を改めて聞いた。

 「『嘘(うそ)であってや』『神様たのみます!』って何度も何度も思ってました。どっきりカメラの看板持った人が出てこないかなって」

 願いはむなしくついえた。もう持ち味のファルセット(裏声)も出ない。わが子の顔が浮かぶ。当時6歳の双子の男女と3歳の娘。手術を前に病室で声を絞った。息子に伝えた。「この家で唯一の男の子なんだから、お母さんのことを助けなきゃダメだよ」

 その先がつらくて読めなかった、と私が言ったら、しばらく目を閉じ、思いにふけった。「テレビでその言葉を読み上げてくれてるシーンを長男が見て、30分くらい『お父さ~ん』って僕にしがみついて泣いていました。その日は泣きながら寝ましたね」

 さて、中年になっての1回生、しょっているカバンに何が入っているんですか?

 「ギター。それと子供の水筒は入ってたかな。あいつらのどが渇いた~っていうたら、さっと出せるように。あとは白いノートですね。むき出しになった僕が見てる風景も随分変わったので、それらをメモってる感じですかね」

 裸のつんく♂さんがそこにいる。大阪城へ続く道で路上ライブをやっていたアマチュア時代のシャ乱Qに戻ったみたいな? 「怖いもの知らずだった。今のむき出しの僕は良いも悪いも慎重。家族もいる。あの頃とは違う」

 マイペースでゆっくり仕事を再開している。まずは歌手のクミコさんが歌う現代の子守歌「うまれてきてくれて ありがとう」のプロデュースと作曲を手がけ た。作詞は湯川れい子さん。子供を取り巻く環境への思いが深まっているらしい。「個性をもっともっと伸ばしてやりたいなって思いますね。そういう国、社会 であってほしいです」

 迷ったが、手記のタイトルにはこんな意味を込めたという。「『だから』の前にはいろんな言葉が隠れています。子供が生まれてきてくれたから、妻がいるから、音楽を愛してるから、ちょっと大げさに言えば、この世のためにまだまだすることがあるでしょ! だから、生きる」

 後悔していることは?と問うと、ほんの一瞬、白い歯を見せた。「タバコ、酒、寝不足、歌い過ぎ、ステロイドの使い過ぎ、のどの調子をよくしたろうってい ろんな治療もやった、その何がどのくらいの割合で癌を呼び込んだのか……。家族と過ごす時間やなんか含め、今、あいつらとお風呂に入ってる時とかも普通に 幸せやし……」。どこかしら遠くを見た。

 「売れっ子になりたい、有名になりたい、音楽をこの世に残したい、そんな気持ちでがむしゃらにきたので、あの頃の僕を止めることはできなかったと思う。でも、やっぱ健康でいられるにこしたことはないですよ」

 ふんわりしたおしゃれなスカーフを巻いている。首の付け根に1円玉ほどの気管孔が開いているからだ。「社会にとけ込むのに僕より苦労されてる方、たくさ んいるはずです。手術で健常者と違うからだになってる人もいると思う。社員旅行で一緒に温泉に入れないとか、管理職から一般職に下ろされた方とか」

 現在、食道発声法の練習を重ね、かすかな音なら出せるようになった。楽にのみ込めるのは流動食やゼリー飲料くらいと諦めていたのが、愛妻弁当を心待ちに するまでになった。ようやく手記を書き上げ、希望の音楽を奏でられたとも感じている。「僕も同じですとか、癌患者の家族も大変だとわかってもらえたと言っ てくれる人もいました」

 最後に愚問を承知で聞いてみた。つんく♂さん、もう一度、歌いたいですか?

 「もちろん。家族でカラオケにも行きたいし(あ、まあ連れて行きますけど)、レコーディングするなら、てっとり早く歌って指導できればそれにこしたこと はない。元気で完璧な喉ならステージで歌いたいって思います。でも、じゃあ、死ぬほど未練たらたらかって思ったら、そうでもないかもしれません。2000 曲近い作品もあるし、まだまだこれからも作るし、声がなくってもやれることはあるしって」。そして、ぐっと顔を上げてこう“語る”のだ。

 「悪魔に『お前の寿命の代わりに大切な声をいただく』みたいな呪文にでもかけられたのかな、そんなふうに思ったりすることもあります。だったら歌声くらい持っていってね、その代わり楽しく長生きさせてもらうでって」

 とびっきりの笑顔だった。

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 ■人物略歴

 ◇つんく♂

 1968年、大阪府生まれ。88年にバンド「シャ乱Q」を結成、92年に上京してメジャーデビュー。「シングルベッド」「ズルい女」などミリオンセラー を次々と飛ばし、97年からモーニング娘。をプロデュース、99年には「LOVEマシーン」が大ヒットする。著書に「LOVE論」などがある。

 

つぶやき

つんくは強いな。

ロック歌手として、父親として、プロデューサーとして、

ずっと長く生きていて欲しい!!

人間国宝だな!

シャ乱Qのアルバム聞きたくなってきた!

今日帰ったら絶対聞こう!!